年甲斐もなく
子どもみたいに泣いた後
「ただわかって欲しかったんだなぁ」
そんな思いがぷかりと浮上してきました
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とても忙しくてあっぷあっぷしていたところに
これまたしんどい事態がやってきて
泣きたくなってしまいました
遅い夕飯の支度をしながら
ため息をついたら
何だかわけもなく泣けてきて
子どものようにワーワー泣きました(どうした?私)
唯一救いだったのは
そこに居る子どもたちに対して
責めたり攻撃したりすることなく
自分に矢印を向けていられたこと
泣くのを我慢するのをやめてみたら
自然とそういう泣き方になってしまったのですが
ひとしきり泣いた後
「私はただわかって欲しかっただけなんだなぁ」
そんな思いに気づきました
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どうしてわかってくれないの!
そんな怒りを滲ませるとき
心の中はやるせなさで溢れていることが多いです
家族など身近な存在に
(私の場合は子どもたちに対しては特に)
期待というよりは
「これくらいはできるようになって欲しい」
「これくらいは親としてできるようにさせておかなくちゃ」
というものが無意識のうちにも根強くあるようで
それが裏切られたとき
(例えばいくら声を掛けても◯◯してくれないなど)
その行為そのものに対して以上に
「どうしてわかってくれないの!」
そんなもどかしさややるせなさがどんどん溢れてきて
まるで火に油を注ぐように
怒りの炎にどんどん薪をくべてしまいます
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さらに
「こっちがこんなに△△してやってるのだから」
「こちらの労力に対してのこれくらいの見返りは当然でしょ」
といった自分本意なものも
充分含まれていたなとも振り返っています
だけど
果たしてそこに
長い目で見たときに将来こうなって欲しい
というところに向けた歩みになっているか
と問われると
それは置き去りにされていました
そこを外してしまうと
力ずくで何とかしようとしていたり
その場しのぎの解決策であったり
ふたを開けてみたら望んでいた方向とは
全く違った轍になってしまっていることもありそうです
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どうしてわかってくれないの!
そう思うことは山ほどあります
だけど
そこからどうして欲しいのか
手放しても構わないレベルなのか
本当にわかって欲しいことなのか
その見極めをすることで
わかってもらうためにできることというのは
おのずと見えてくるのではないかと思います
子どもの思いを尊重しつつ
必要な場面でサポートができる距離で見守る
結構難しいことですが
そこは私にとってはとても重要で
あきらめたくないことで
それによって得られるであろう
子どものたちとの時間の共有や喜びは
子育ての醍醐味ではなかろうかと感じています
怒りの感情と上手に付き合う
アンガーマネジメントコンサルタント
山本周子(やまもとちかこ)
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